補助金でタブレットを揃えた。6ヶ月後、誰も使っていなかった。
変化は内側から起きる。スタッフの日報の書き方が変わった朝、私は確信した。
結果を後から整理すると、順番が全部つながっていた。
となりの事業所は、いつも定員が埋まっている。見学者が来るたびに「うちとの違いはなんだろう」と考えてきた。サービスの内容はそれほど変わらない。スタッフの人数も似たようなものだ。それでも、差がある。
2年前、私はその差を「DX」で埋めようとした。補助金を使ってタブレットを10台揃え、記録ソフトを導入した。これで変わると思っていた。変わらなかった。ツールがあるだけでは、何も変わらなかった。
あの失敗から学んだことは一つだ。定員が埋まる事業所になるとは、ツールの問題ではなく、何をどの順番で変えるかの問題だ。その順番を、今日は整理してみたいと思う。
となりの施設はなぜ、いつも満員なのか
利用定員が埋まらないと、管理者は静かに焦る。声には出さないが、比べてしまう。同じ地域に、同じような事業所があって、あそこはいつも満員だ、と。
この焦りの正体は何か。私は長い間「自分たちの支援の質に問題があるのでは」と考えていた。でも実際に複数の現場を見ていくと、支援の質はそれほど変わらないことのほうが多い。差があるとすれば、見えるかどうかだ。
良い支援をしていても、それが家族に伝わらなければ定員には結びつかない。毎日どんな支援をしているか、スタッフがどんな工夫をしているか。それが外に届く形になっているかどうか。いつも満員の事業所は、内側の良さを外側に届ける仕組みを持っている。
そしてその仕組みの入り口が、DXだった。ただし、DXを「ツール導入」として捉えた瞬間に、多くの管理者がつまずく。私もそうだった。
最初の一手は失敗だった|ツールを入れたのに何も変わらない6ヶ月
2年前の春、ICT補助金を申請してタブレット10台と記録ソフトを導入した。「これでスタッフの記録業務が楽になり、情報共有がスムーズになる」と業者の説明会でそう聞いていた。その言葉を信じた。
導入直後、スタッフは一応使い始めた。でも1ヶ月もすると、元の紙の記録と並行してソフトにも入力するという二度手間が生まれていた。「ソフトに入れないといけないから面倒」という声が聞こえ始め、3ヶ月後には棚の上にタブレットが積まれていた。
家族への連絡も変わらなかった。見学対応も変わらなかった。問い合わせの件数は、導入前とほぼ変わらなかった。ツールを入れただけでは、現場のフローは1ミリも変わらない。私はこれを、6ヶ月かけて学んだ。
なぜ「入れるだけ」で終わるのか
振り返ってみると、私はツールの選定と補助金申請には時間をかけ、スタッフへの説明には1日使い、あとは「現場でよろしく」と丸投げしていた。ツールを使う目的も、使った後の業務フローも、何も整理していなかった。
「型」を渡す前にツールだけ渡してしまったのだ。ツールを入れる前に変えるべきことがある。それが「スタッフの行動」だと気づいたのは、その後のことだ。
変化は内側から始まった|スタッフの行動が先だった
軌道修正を決めたのは、導入から半年が過ぎた秋だった。ツールの使い方ではなく、「何のためにこのツールを使うのか」を最初から整理し直すことにした。
最初に変えたのは、日報の書き方だ。記録の量を減らし、家族が読んで「今日の子どもの様子がわかる」文章に変えることを目標にした。最初はスタッフも戸惑っていた。「何を書けばいいかわからない」という声が続いた。
そこで取り組んだのが、記録の「型」を作ることだった。今日起きたこと・支援者が工夫したこと・明日につながること、の3点を短く書く型を導入した。これなら5〜8分で書ける。そして家族が読んでも意味がわかる。
連絡と見学対応も変わった
日報が変わると、家族への連絡の中身も変わった。「今日は〇〇ができました」という報告に、「次回はこう工夫します」という一言が加わるようになった。電話対応が苦手なスタッフでも、型があれば伝えられる。
見学対応も変わった。「うちではこういう記録をつけていて、家族にこう共有しています」と、実物を見せながら説明できるものが生まれた。見学に来た家族への説得力が、以前とは全然違う。
Happiterの全20回研修では、こうした「記録→連絡→見学対応」の一連のフローを、現場の実情に合わせて順番に整えていく構成になっている。ツールの使い方より先に、スタッフの行動の型を作ることを出発点にしているのは、私自身のこの失敗があるからだ。
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口コミが生まれた転換点|家族が『ここは違う』と感じた瞬間
スタッフの行動が変わってから3ヶ月後、最初の変化が外から来た。担当の相談支援専門員から「最近、保護者さんからの評判がいいですよ」という話を聞いた。
詳しく聞くと、日報が変わったことで「職員がちゃんと子どもを見てくれているのが伝わる」と感じた保護者が、同じ境遇の知人に話してくれていたことがわかった。言葉は「日報が良くなった」ではない。「あそこのスタッフは違う」という言い方だった。
家族が「ここは違う」と感じる瞬間は、派手なことから生まれない。毎日届く連絡帳の一言が、誠実かどうか。見学に来たときに、「うちはこうしています」と言葉で説明できるスタッフがいるかどうか。そういう積み重ねが、外の評価になる。
定員増につながった因果チェーン
- 【STEP 1】ICT補助金でタブレット・記録ソフトを導入(DX着手)
- 【STEP 2】ツールを入れただけで現場フローが変わらず6ヶ月停滞(失敗期)
- 【STEP 3】記録の「型」を作り、日報・家族連絡の書き方を変える(軌道修正)
- 【STEP 4】スタッフが「伝わる記録」を日常的に書けるようになる(行動変化)
- 【STEP 5】家族が「ここは違う」と感じ、知人・相談員に話すようになる(口コミ発生)
- 【STEP 6】相談員経由・口コミ経由の見学申込が増加(問い合わせ増加)
- 【STEP 7】利用開始から約3ヶ月で空き待ちが生まれる(定員充足)
この流れをDXの成果と呼んでいいかどうか、正直まだ迷っている。ただ、ツールを入れた順番ではなく、スタッフの行動を変えた順番が、結果に直結したのは間違いない。
問い合わせが増えた仕組みの解剖|変化が起きた3つのレベル
後から整理して気づいたことがある。問い合わせが増えた理由は、3つのレベルで同時に起きていたことだった。表面だけ見ていると因果がわからないが、それぞれを見ると、次の施設でも再現できるかもしれない。
第1層:業務変化(現場レベル)
そのとき現場で起きていたのは、記録の型が定着し、スタッフが「書くこと」より「伝えること」に意識を向けるようになったことだ。日報の所要時間が平均20分から8分程度に短縮された(※当施設の計測値)。短縮された時間が、家族対応や支援の準備に使われるようになった。変わったのはツールではなく、スタッフの手と頭の向き先だ。
第2層:信頼の可視化(伝わるレベル)
日報・連絡帳・見学対応を通じて、外に何が伝わっていたか。以前は支援をしていても、それが形になって家族に届く手段がなかった。記録の型ができたとき、初めて「この施設はちゃんとやっている」という実感が、日々の接点から家族に届くようになった。支援の質が変わったのではなく、支援の見え方が変わったのだ。
第3層:家族の口コミ(広がるレベル)
信頼が伝わった家族が、同じ境遇の知人に話す。「あそこの連絡帳はしっかりしている」「見学に行ったら丁寧に説明してもらえた」という言葉が、次の問い合わせを連れてくる。広告費はゼロだ。この層が機能するには、下の2層が先に整っていることが絶対条件だった。
第1層・第2層・第3層は、下から順番に整えないと機能しない。第2層・第3層から着手しようとする管理者もいる。SNS発信やチラシ作成から始めるケースだ。でも第1層の業務変化なしに外に出る情報は薄い。定員が埋まっている施設と、問い合わせが続かない施設の差は、この第1層にある。
同じ順番なら自施設でも再現できる|最初の30日でやること
この記録を通じて確信したことが一つある。順番が正しければ、再現できる。私が経験した変化は、特別な施設だからできたことではない。
ツールは何でもいい。タブレットでも、スマホでも、すでに使っている連絡帳アプリでも。大事なのは、ツールの前に「型」を作ることだ。記録の型・連絡の型・見学対応の型。この3つを30日で整えることが、変化の起点になる。
最初の30日でやること(3ステップ)
- 【1〜10日目】現在の記録業務を棚卸しする。何に時間がかかっているか、何が家族に伝わっていないかを紙に書き出す
- 【11〜20日目】記録の「型」を1枚で作る。今日の出来事・工夫した点・明日につながること、の3点に絞り、スタッフと一緒に試す
- 【21〜30日目】型を使った記録を家族に届ける。反応(感謝の言葉・質問の変化・見学申込の有無)を観察し、型を微調整する
「30日でそんなに変わるのか」と思う管理者もいるだろう。正直、30日では実感の出にくいことのほうが多い。でも、30日で「型」を持ったスタッフは、次の30日で動き方が変わる。そしてその先に、口コミと問い合わせが来る。
最初の30日は、芽を出す前の種まきだ。焦らなくていい。ただ、種を正しい順番で植えることだけを、今日考えてほしい。
この記事は Happiter株式会社 代表取締役 茂呂史生 が福祉×AI×ICT 研修の現場経験をもとに執筆しました。数字や事例は受講事業所さまの実例を一般化したもので、個別の状況によって異なります。あなたの事業所に合った進め方は、ぜひ 無料相談 でお聞かせください。
私がこの記事で書いたことは、DXの成功体験談ではない。失敗してから軌道修正した、実装の記録だ。「ツールを入れたのに何も変わらない」という経験は、恥ずかしいことでも特別なことでもない。むしろその経験が、変化の順番を知るための最初のステップだったと、今は思っている。
記録業務の型を作ることから始めたい管理者向けに、「記録の型 スタッフ説明スクリプト」を用意している。『今日の出来事・工夫した点・明日につながること』の3分野に記入欄をつけた1枚のテンプレートと、それをスタッフに説明するときの話し言葉をまとめたPDFだ。30日プランの地図を読んだ管理者が、実際に現場を歩くための道具として作ってある。順番を知っている施設だけが、次の一手を踏める。下のリンクから受け取ってほしい。